チョコレートの歴史を簡単に解説!昔はお金や薬だった?日本に伝わった時期も紹介

2026年10月13日

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今ではコンビニやスーパーで気軽に買えるチョコレートですが、昔から甘いお菓子だったわけではありません。

カカオは古代の中南米で貴重な飲み物として扱われ、交易や貢物、貨幣、薬などさまざまな用途に使われていました。

さらに、現在のような固形チョコレートが登場したのは19世紀です。

日本にも江戸時代にはチョコレートが伝わっていた記録が残っています。

この記事では、カカオから現在のチョコレートになるまでの歴史を、流れに沿って分かりやすく紹介します。

この記事で分かること

  • カカオはいつから利用されていたのか
  • 昔カカオがお金として使われた理由
  • カカオが薬として扱われていた歴史
  • 飲み物から固形チョコになった流れ
  • 日本へチョコレートが伝わった時期
  • 昔の日本でチョコレートを何と呼んでいたのか
目次

チョコレートの歴史は5000年以上前までさかのぼる

チョコレートの原料となるカカオは、現在の板チョコが生まれるはるか昔から人類に利用されてきました。

現在確認されている研究では、カカオ利用の歴史は5000年以上前までさかのぼります。

ただし、当時の人たちが食べていたものは、現在の甘いチョコレートとはまったく違います。

最初は甘いお菓子ではなかった

古代の中南米では、カカオ豆を加工して飲み物として利用していました。

後のマヤやアステカの文化でも、カカオをすりつぶして水などと混ぜ、飲料として楽しんでいたことが知られています。

現在のミルクチョコレートのように砂糖と乳製品をたっぷり加えた甘い味ではありませんでした。

カカオの木そのものについては、カカオ苗の育て方の記事で紹介しています。

カカオは昔お金として使われていた?

アステカ王国では、カカオ豆には食べ物以上の価値がありました。

カカオは貢物や交易品として使われ、貨幣のような役割を果たした記録も残っています。

カカオ豆そのものに価値があった

カカオはどこでも簡単に育てられる植物ではありません。

限られた地域で生産される貴重なものだったため、カカオ豆自体に高い価値がありました。

アステカではカカオが貢物として納められたり、市場での取引に利用されたりしていました。

そのため、「昔のカカオはお金だった」という説明は、まったくの作り話ではありません。

ただし、現代の硬貨や紙幣とまったく同じ制度だったと考えるより、価値のある交易品が貨幣のようにも使われていたと理解すると分かりやすいでしょう。

カカオは昔「薬」だった?

カカオが薬として扱われた歴史もあります。

アステカではカカオがさまざまな用途に使われ、薬として利用された記録も残っています。

ヨーロッパへ伝わった後も、チョコレートは長い間、飲み物として楽しまれる一方で、健康によいものとして語られていました。

昔の「薬」と現代の医薬品は別

ここで注意したいのは、「昔、薬として使われた」と「現代医学で治療効果が認められている」は別の話だということです。

当時は現在のような臨床試験や医薬品の承認制度がありません。

カカオが滋養のある飲み物や薬として扱われていたことは歴史的事実ですが、それを理由に現代の病気をチョコレートで治療できるわけではありません。

カカオはヨーロッパで甘い飲み物へ変化した

中南米からヨーロッパへカカオが伝わると、飲み方も変化していきました。

砂糖などを加えることで苦味を抑え、王侯貴族を中心にチョコレート飲料が広がります。

長い間「飲むチョコレート」が主流だった

現在は「チョコレート」と聞くと板チョコや粒チョコを思い浮かべますが、歴史の大部分では飲み物でした。

固形のチョコレートが一般化するのは、19世紀の技術革新を待つことになります。

現在の板チョコは19世紀に誕生した

19世紀になると、チョコレート製造に大きな変化が起きます。

この時代の技術革新によって、飲み物中心だったチョコレートが、現在のように「食べるお菓子」へ変わっていきました。

1828年にココア製造技術が発展

1828年、オランダのバンホーテンがカカオから油脂を搾る圧搾機などを開発しました。

これによって、脂肪分を減らしたココアパウダーを作りやすくなります。

現在のココアにつながる重要な技術です。

1847年に固形チョコレートが登場

1847年には、イギリスのジョセフ・フライがカカオマスなどにココアバターを加え、固形の「食べるチョコレート」を作りました。

これが現在の板チョコにつながる大きな転換点です。

1876年にはミルクチョコレートが登場

1876年にはスイスのダニエル・ペーターがミルクチョコレートを開発します。

乳成分を加えることで、カカオの苦味が和らぎ、よりまろやかなチョコレートが作られるようになりました。

こうした技術革新を経て、現在私たちが知るチョコレートへ近づいていきます。

板チョコが生まれるまでの技術の進歩は、チョコレート4大革命の記事で詳しく解説しています。

チョコレートはいつ日本に伝わった?

チョコレートの歴史を簡単に解説!昔はお金や薬だった?日本に伝わった時期も紹介
©Gemini

日本にチョコレートが伝わったのは江戸時代です。

日本でチョコレートが登場する古い記録として、1797年の長崎に残る資料があります。

1797年の長崎に「しょくらあと」の記録

当時、海外との重要な窓口だった長崎では、オランダ人との交流がありました。

1797年の記録には、遊女が受け取った品物の中に「しょくらあと」と読める記述があります。

これが、日本にチョコレートが存在したことを示す初期の記録として知られています。

ただし、現在の板チョコとは違い、当時日本へ入ってきたものも飲料としてのチョコレートだったと考えられます。

1873年には岩倉使節団がチョコレート工場を見学

明治時代になると、日本人とチョコレートの接点はさらに増えていきます。

1873年には、欧米を視察していた岩倉使節団がフランスのチョコレート工場を見学した記録があります。

その後、日本国内でもチョコレートが商品として紹介されるようになりました。

昔の日本ではチョコレートを何と呼んでいた?

チョコレートという言葉が現在のように定着する前は、さまざまな表記が使われていました。

江戸時代の資料には「しょくらあと」などの記録があります。

明治時代には漢字の当て字も使われた

明治時代の広告には、「猪口令糖」などチョコレートを漢字で表した例も残っています。

外国から入ってきた新しい食べ物だったため、日本語として表記する方法もまだ統一されていませんでした。

現在ではカタカナの「チョコレート」が当たり前ですが、昔の表記を見ると、日本へどのように定着していったかが分かります。

日本でチョコレートが身近になったのはいつ?

日本でチョコレートが多くの人に食べられるようになるまでには、さらに時間がかかりました。

明治から大正にかけて国内の菓子メーカーによる製造が進み、その後徐々に身近なお菓子になっていきます。

最初は高価な西洋菓子だった

輸入品だった時代のチョコレートは高価で、現在のように誰でも気軽に買えるお菓子ではありませんでした。

国内生産が進み、製造技術や流通が発展したことで、少しずつ一般家庭にも広がっていきます。

現在では板チョコだけでなく、トリュフ、生チョコ、高カカオチョコ、チョコレート菓子など非常に多くの商品が販売されています。

「昔は薬だった」は現代の健康効果と同じ意味ではない

チョコレートの歴史を調べると、「薬」「滋養」「強壮」といった言葉が多く登場します。

ただし、これを現在の商品へそのまま当てはめないことが大切です。

歴史と健康情報は分けて考える

古代や近世の人々がカカオへ期待していた作用は、その時代の医学や文化に基づくものです。

「昔は薬だったから高カカオチョコを食べれば健康になる」と考えることはできません。

現在のカカオ成分についてはさまざまな研究がありますが、歴史的な利用方法とは分けて考えましょう。

カカオポリフェノールで言えること・言えないことは、カカオポリフェノールの記事で詳しく解説しています。

チョコレートの歴史Q&A

Q1. カカオは本当に昔お金だった?

アステカなどでは、カカオ豆が貢物や交易品として使われ、貨幣のような役割も持っていました。

Q2. チョコレートは昔薬だった?

カカオやチョコレートが薬や滋養のために使われた記録があります。ただし、現在の医薬品と同じ意味ではありません。

Q3. 昔のチョコレートは甘かった?

古代のカカオ飲料は、現在のミルクチョコのような甘い味ではありませんでした。ヨーロッパへ伝わった後、砂糖を加えた飲み方が広がっていきます。

Q4. 板チョコはいつ誕生した?

1847年にイギリスのジョセフ・フライが、現在の板チョコにつながる固形チョコレートを作りました。

Q5. 日本にチョコレートが伝わったのはいつ?

日本にチョコレートがあったことを示す古い記録として、1797年の長崎の資料に「しょくらあと」という記述があります。

Q6. 昔の日本ではチョコレートを何と呼んでいた?

江戸時代には「しょくらあと」などの表記があり、明治時代には「猪口令糖」のような漢字の当て字も使われました。

まとめ

チョコレートの歴史は、現在の甘いお菓子からは想像できないほど長いものです。

カカオは古代の中南米で飲み物として利用され、アステカでは貢物や交易品、貨幣、薬などさまざまな役割を持っていました。

ヨーロッパへ伝わった後も長い間飲み物でしたが、19世紀の技術革新によって固形チョコレートやミルクチョコレートが誕生します。

日本では1797年の長崎にチョコレートの記録が残り、明治以降に国内へ徐々に広がっていきました。

普段何気なく食べている一粒のチョコレートも、カカオの利用から考えれば数千年にわたる歴史の先にある食品です。

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